ウスケバ・ロゴ ウスケバ・ロゴ ウイスキー造りに欠かすことの出来ない「水」そして「樹」。自然の力が生み出す「生命の水」。BAR RINGOKANでは、そんな魅力を扱ってます ♪

2008年02月11日

Professionalからの贈り物・・・






ある日曜日の夜、一人のバーテンダーから贈り物を頂いた・・・







その日都内某所では「第8回 ウイスキー マガジン ライブ」という

世界のウイスキーファン、関係者の為のビックイベントが開催されていた。

当初東京へ行く予定だった僕は、レストランご利用のお客様から

頂いた、ご予約のお電話でその予定は泡となり、そして消えた。

その日の世界的イベントに参加できなかった僕は、自分への投資として

定期的に足を運ぶ書店で、ある書籍を購入した。

購入したのは、昨年亡くなったウイスキーの権威マイケル・ジャクソン著の

「ウイスキー エンサイクロペディア」

以前よりどうしても欲しかった、プロフェッショナルの為の書籍だ。







その夜、その書籍を眺めていると、憧れの先輩バーテンダーご夫妻が

ご来店下さった。

その彼等とは、数か月ぶりの再会だった。

奥様は当店オリジナルの珈琲を、そして憧れの彼は僕に気を使ってか

バランタイン12年の水割りを注文、それを楽しんでおられた。

3人でお互いの近況の報告を含めた挨拶をした後、彼が手にしていた

紙袋から、ある書籍を一冊取り出した。

「銀座 バーテンダーからの贈り物」

と題されたこの書籍は、この業界の重鎮であり80歳を迎えても今なお

現役のバーテンダー、銀座BAR 5517の稲田春夫氏の自叙伝であった。

わが国を代表するバーテンダーの多くは、もう亡くなられてしまっているが

彼がまだ現役でカウンターに立たれているのは、僕等の勇気であり

そして夢、プロフェッショナルとしての憧れである。







ご来店下さった彼は、若きし頃東京で修業を重ね、今回の稲田氏のように

現在もこの業界の顔である、多くの先輩方との接点を持ち、

また、今もなお銀座を中心に足を運び、多くの先輩や友人等から

多くの刺激を受けに行くというプロフェッショナルだ。

先日、彼の元へある小包が届いたそう。

それは著者である稲田氏から届いた、彼が書いた書籍の束だった。

稲田氏の出版記念披露パーティーにも呼ばれたという彼が

わざわざ僕のもとへ、その中の一冊を届けに来て下さった。

「小包の中身を確認した時から、君にこれを渡したくて」

憧れた方から、少し認めて頂いたような喜び・・・

僕にとって思いがけない贈り物、素敵なバレンタイン・プレゼントとなった。

ブレンデッドのバランタインの12年の、水割りの二杯目を飲み終わった彼

いつものように スッと席を立つ。

彼等のようにスマートな方々は、いつまでもダラダラとは飲まない。

カウンターに居る僕はそんな彼を見て、「やはりスマートな方だ」と思う。

僕も彼等のように努力を惜しまず、健康に留意しながら現役に拘りたい。

静岡県袋井市には、そんな彼がカウンターに立つ素敵なBAR がある。

そんな袋井市が羨ましい・・・







その夜、最後にご来店頂いたアーティスティックなお客様方をお送りした後

独りになった店内で、飲んだのはバランタイン12年の水割り。

彼等と同じ時間を感じてみたかったからだ。

二十歳の頃に勤めていたスナックで、友人等と飲んで以来のその一杯。

あれから20年。

僕が今の彼等の年齢になった時、

どんなバーテンダーに成長しているのか楽しみだ。





柏原さん。

素敵なお心遣いをありがとうございました。









KASHIWABARA'S BAR

0538-43-4533







  

Posted by RINGOKAN at 15:11Comments(1)TrackBack(1)BAR

2008年02月06日

豆とマメ・・・








ある 2月のカレンダーに書かれた、節分の季節らしい言葉、

『マメに気配り忘れずに』

と、書いてあるのを見て、僕はあることを思い出した・・・







僕が18歳の頃、一つ年上の先輩が、岐阜一番の繁華街で

ソープランド嬢をしていた。

思い出したのは、彼女等特有の休日、いわゆる生理休暇に合わせて

岐阜に遊びに行った時の話だ。

髪の毛が長くスタイルの良いその先輩は、なかなかとっぽい人だった。

初めてその彼女の部屋に上がった際、いきなりある雑誌の束に目がいった

それは、その繁華街で働く女性達の店の広告に、

彼女等の裸体が載るもので、ところどころにホストクラブで働く面々も

載っている、いわゆる岐阜の夜の雑誌だった。

興味津々にそれを見る僕に彼女が言った。

「どの男が、それぞれの店のナンバーワンかわかる? 当ててごらん。」

女性の多くは目が隠されていたものの、男性達はそのまま。

僕は皆似たようなダブルのスーツを着た彼等の写真を、食い入るように

見ながら当てだした。

しかし、なかなか当たらない・・・

結局、ひとつも当たらなかった。

30軒ほどのホストクラブがあるのにだ。

苛々しだした彼女が一言。

『さぁ、飲みに行くわよ』

居酒屋から始まり、何軒かでヘネシーの水割りを飲んだ後、

まだBARというものを知らなかった僕を、

あるバーテンダーに会わせるために、彼のBARへと連れて行ってくれた。

そこには僕と同じ年頃の若い男性が一人、カウンターの中に立っていた。

いま思うとそこはカジュアルなスタイルのBARだった。

話を聞くと彼がオーナーで、元ホストだったという。

ある店でしばらくナンバーワンもやっていたが、

その頃手にしたお金で独立したという方だった。

まだバーテンダーに目覚めていない僕にとって、そこで過ごした

1時間程の時間は、全てが衝撃的だった。

カウンターに座っていたのは僕以外が全て女性。

そして皆が彼女と同じ仕事をしている方達。

会話も凄かった。

所詮 田舎で粋がっていた不良少年には、とてつもなく大きい

違和感を感じる恥ずかしい夜だった。

毛皮をまとった女性達に別れの挨拶をし帰る際、一人の女性に言われた。

『あんたホストやるの? やるなら誰よりもマメな男になりなよ。』

その言葉で気がついた。

だから当たらなかったんだ・・・







女性にとって大切なのは顔やスタイルだけではなかったのだ。

翌日岐阜駅まで送ってくれた彼女に、笑いながらとどめを刺された

『だからアンタはホストなんかになれないんだよ』 と。

自分の身体を使うことを仕事とする彼女等が、ホストに求めるのは

一人の女性が、一人の男性に求めるそれとは違うのかもしれない。

だからこそのマメなのか。

独特な環境にある彼女等だからなのか。

18歳の僕にはよくわからなかったのかもしれない。

それから数年後、彼女の親友が白い粉で懲役に行ったと噂で聞いた。

岐阜に遊びに行ってから20年以上時間が経ったが、

いま彼女等はどうしているのだろう。

岐阜から帰って僕が直ぐにした事は、毎日見る鏡にマジックで

『マメ』

と書いた事だったのが懐かしい思い出である・・・

  

Posted by RINGOKAN at 19:07Comments(3)TrackBack(0)BAR